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生まれて最初の1時間

[2024.02.08]

ボディナミックは筋肉に着目した発達心理学です。それぞれの年代で活性化されてくる動きとそれを司る筋肉とこころの働きの関連をみていきます。まず、妊娠第2三半期〜生後3ヶ月は「存在」の段階と呼ばれ、この世界に存在する権利があることを学習します。この段階で活性されるものとして、筋肉ではなく、「皮膚」があります。皮膚は自分の身体と外界を区別する境界を示します。全身の皮膚をパタパタと叩いて刺激をすると、境界線の感覚を増やすことができます。大切な子どもや大切な人とのスキンシップは気持ち良いだけでなく、安らかな気持ちをもたらしてくれますよね。

皮膚の重要性について、科学的な裏付けがないか調べていて、興味深い論文があったのでご紹介します。大まかにいうと、生まれたばかりの赤ちゃんには、自分でお母さんのおっぱいに近づき、自分でくわえておっぱいを飲む力が備わっています。その力を周囲がサポートしましょうという内容です。

私はこれを読んでいて、生まれた直後から、赤ちゃんとお母さんの絆が結ばれ始めていることに感動しています。同時に、胎児期、出産、新生児期の経験がその後の人生に与える影響も相当に大きいだろうと感じています。論文の最後に書かれていますが、出産後に理想的な経過を辿ることができなかったとしても、人間には回復力(レジリエンシー)があるため、課題を克服することが可能だということを忘れずにいたいと思います。


Widström, A. M., Brimdyr, K., Svensson, K., Cadwell, K., & Nissen, E. (2019). Skin-to-skin contact the first hour after birth, underlying implications and clinical practice. Acta paediatrica (Oslo, Norway : 1992), 108(7), 1192–1204. https://doi.org/10.1111/apa.14754
「生後最初の 1 時間の皮膚と皮膚の接触、その根底にある意味と臨床実践」

生まれたばかりの赤ちゃんが1時間以内にお母さんと肌と肌で触れ合うと、お互いにとって以下のような利点があると言われていいます。

お母さんにとっての利点
1.胎盤の早期排出
2. 出血の減少
3 .母乳育児の自己効力感の向上
4.母親のストレスレベルの低下
5.生後最初の1 時間における母親のオキシトシンの上昇は、母子の絆の確立に関連していることが示唆されている

赤ちゃんにとっての利点
1.「出産のストレス」による悪影響の軽減
2.より最適な体温調節
3.生後数日でも継続する泣きが少なくなる
4.初回母乳育児の早期成功およびより最適な授乳


オキシトシンは出産直後のお母さんの行動と絆において重要な役割を果たします。
また、赤ちゃんは、正常な経膣分娩の直後に高レベルのカテコールアミンを持っています。これらは、出生後最初の 30 分間で最も高くなります。カテコールアミンは記憶と学習を強化します。また、出生直後に母乳の匂いに対する感受性が高くなることが観察されています。記憶を増強するカテコールアミンの存在下で、赤ちゃんは母乳の匂いを記憶することができます。

そして、赤ちゃんは、お母さんと肌と肌で触れ合うことによって、「本能的な9つの段階(9 instinctive stages)」と呼ばれる内的なプロセスを経験します。このプロセスは、赤ちゃんの五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、および運動)を早期に調整してくれると考えられています。


1. 産声: 誕生直後に激しい泣き声が起こり、空気呼吸に移行する。
2.リラックスの段階: 休息する。口、頭、腕、脚、体を動かさない。
3. 覚醒の段階 :活動の兆候を示し始める。
頭の小さな突き上げ: 上、下、左右。手足や肩の小さな動き
4. 活動的な段階 :手足や頭を動かし、より決定的な動きをする。体を動かさずに手足で「押す」、探索活動。
5.休息の段階 :口を動かすなどの何らかの活動をしながら安静にし、手をしゃぶる。
6.這う動きの段階: 這って母親の乳房に近づく
7.習熟(慣れ親しむ)段階: 母親の乳輪/乳首に到達し、乳輪/乳首をブラッシングしたり舐めたりできる口の位置に身体を動かす。
8.哺乳の段階 :乳首を口に含み、乳を飲み始める。
9.睡眠の段階 :目を閉じて眠りに落ちる。

1_産声(図1A)

オギャーオギャーという最初の産声は、赤ちゃんが呼吸に移行して肺が初めて拡張するときに聞かれます。最初の産声と、その後の出産後最初の数分間の泣き声には、気道から羊水を喀出する効果があります。出生時のカテコールアミンレベルが非常に高いため、気道からの液体の吸収が促進されます。米国小児科学会と産婦人科医会 (ACOG) は、健康な満期産の赤ちゃんは自らの気道を確保できるため、吸引を必要としないこと、吸引を行うと、時には、赤ちゃんが生まれ持った、一連の行動を混乱させる可能性があるという声明が出されています。
ラットでの研究では、新生児の自然な行動を中断させると脳の青斑核の細胞増殖に影響を与える可能性があるという結果が出ています。青斑核障害の結果は自閉症やストレス誘発性の恐怖循環障害につながる可能性があります。
その他にも、モロー反射、しかめっ面、咳込む、母親の胴体から全身を持ち上げる、突然目を開ける、体の緊張などが含まれる可能性があります。

半ばもたれかかった姿勢でうつ伏せで肌と肌が触れ合うように赤ちゃんを抱くと、赤ちゃんの呼吸の適応に役立ちます。赤ちゃんをお母さんの体の上で縦長の姿勢にして、赤ちゃんの口を母親の乳首の近くに配置すると、授乳の準備が始まります。

2_リラックスの段階(図1B)

赤ちゃんは静止して静かになり動かなくなります。探索反射を誘発することはできません。赤ちゃんの感覚系は低下しているようです。赤ちゃんはお母さんの胸の上で静かに横たわっていると、お母さんの心音を聞くことができます。子宮内で聞こえるこの聞き慣れた音は、子宮外での生活に急速に移行した後の新生児を慰めるようです。

産道を通るときに頭部にかかる圧力は、出生後のカテコールアミン濃度が非常に高くなり、安静時の成人の濃度の 20 倍に達する原因であることが示唆されています。この高いカテコールアミン濃度のおかげで、出産間近の赤ちゃんの痛みの閾値が高くなり、産道を通過する際の赤ちゃんの痛みを和らげる可能性があります。その結果、カテコールアミン濃度高値による一時的な感覚障害により、赤ちゃんは周囲に対する感受性が低下し、リラックスの段階が引き起こされます。

3 _覚醒の段階(図1C)

リラックス段階から活動段階への移行です。赤ちゃんは小さな動きをします。頭、顔、肩の小さな動きが腕を通って指まで優しく波紋を広げます。赤ちゃんは口を小さく動かします。この段階で、彼らは徐々に目を開き、目が安定して焦点が合うまで繰り返しまばたきをします。

4 – 活動の段階 (図 1D )

赤ちゃんは頭、体、腕、手全体でより広い範囲の動きを示します。手足はより強い決意をもって動きます。赤ちゃんは探索し、お母さんの胸から頭を持ち上げるかもしれません。多くの場合、指は握りしめていますが、手を広げてお母さんの肌をもんだり、お母さんの乳頭に触れた後、口に持っていき味を感じたり、乳首をつかんだり、お母さんの胸を探ったりすることもあります。この段階では探索反射がはっきりとみられます。

この段階では、舌を連続的に突き出しています。赤ちゃんは舌を唇の端に持っていき、次に唇を越えて突き出し、さらに唇を越えて突き出す動作を繰り返します。これらの舌の訓練は、特に哺乳への道を開く可能性があります。

妊娠中お母さんの乳首の色素が濃くなるため、赤ちゃんが見つけやすくなります (図 1C )。乳輪分泌物やモンゴメリー腺の匂いは、赤ちゃんの頭の回転や方向を向いて這うなどの行動反応に関連付けられています。赤ちゃんは羊水から母親の乳房の香りを認識し、乳房に触れ、乳房の味を口に伝えます。これは、新生児が乳首に到達するために探索したり這ったりする動きを刺激します。羊水の味とモンゴメリー腺からの乳房の香りとの関係は、生物学的生存メカニズム、つまり生涯にわたる影響をもたらす風味の経路を作ります。

赤ちゃんは子宮内での生活中にお母さんの声を認識することを学習しました。赤ちゃんは、胎児の内から周囲の言語から母音を認識することを学習でき、生後数日でこの母音と外国語の母音を区別できるようになります。

生まれたばかりの赤ちゃんが目で見て乳首の位置を特定した後、お母さんの声が聞こえると、赤ちゃんの注意は母親の顔に向きます。アイコンタクトが始まります。お母さんは最初のアイコンタクトの瞬間を忘れられないものとして思い出すことが多いため、瞳孔感染(相手の瞳孔の大きさの変化に反応する)による赤ちゃんとお母さんの絆は出生後早期に始まる可能性があると考えられます。

5 – 休息の段階 (図 1E )

他のすべての段階と絡み合っています。赤ちゃんは、いずれかの段階で停止または開始して休憩し、同じ段階を続けるか、次の段階に進むことがあります。赤ちゃんは横たわったまま指をしゃぶったり、ただ乳首を見つめたりしている可能性があります。目は開いていることも閉じていることもあります。

成人の「覚醒休息」に関する研究では、この時間が記憶の定着にとって重要であり、学習に貢献することが指摘されています。これは、新生児の最初の 1 時間の休息にも当てはまります。

6 – 這う段階(図 1F)

這う(crawling)、飛び跳ね(leaping)、滑る(sliding)、ブルドーザーのように強引に進む(bulldozing)など、様々な動き方で、乳房の間の位置から乳首に非常に近い位置まで移動します。生来のいわゆる足踏み反射(stepping reflex)は、母親の胸に這い寄ることに役立っています。この過程では、赤ちゃんの体を持ち上げたり回転させたりしないように、赤ちゃんが乳房に到達しようとする努力を保護することが重要です。赤ちゃんは這うために足を使う必要がありますが、足の位置が理想的ではない場合があります。それらは母体の側面から外れているか、空中に押し出されている可能性があります。このような場合、母親が赤ちゃんの足の下に手を置き、赤ちゃんが乳房の方に移動できるように押すものを与えると役立つ場合があります。

7 – 習熟の段階(図1G)

赤ちゃんは半ばもたれかかったお母さんの上でうつぶせになるため、自分の動きをコントロールすることができます。乳房に到達するには、赤ちゃんが適切な位置に移動できなければなりません。生まれたばかりの赤ちゃんは、乳房に近づくと、お母さんに対して特定の呼びかけを行います。これは、短くしがみつくような呼びかけで、通常はお母さんから穏やかな反応が得られます。これらの音の周波数は、赤ちゃんがお母さんの乳首に近づくにつれて増えます。乳房の匂いがこの反応を引き起こしている可能性があります。

この段階では、赤ちゃんは乳首と乳輪をなめることで乳房に慣れます。この期間は 20 分以上続く場合があります。生まれたばかりの乳児が乳房をマッサージすると、母親のオキシトシンレベルが増加し、なめることで乳首の形が整います。この段階では、赤ちゃんが匂いを嗅いだり味わったりしており、行動はより調和したものになります。赤ちゃんは探索反射と、舌を口の底に移動させる動きを練習し、哺乳の準備をしています。赤ちゃんが一度か二度吸って、その後離れることもよくあります。スタッフにとっては赤ちゃんが愛着を持てないように見えるかもしれませんが、赤ちゃん自身にこれらの動きをさせなければなりません。

後に重大な噛み合わせの問題があると診断された乳児を対象とした研究では、母親の大多数が、赤ちゃんが生まれたばかりの時に母親の乳房に無理に吸いつけさせられている援助を受けていたとの報告をしました。母親らによると、赤ちゃんは強制的な治療に対して叫び声を上げ、パニック状態に陥り、回避行動を示すなどの強い反応を示したといいます。この種のいわゆる援助を受けた母親は、最初の授乳の経験がより否定的であり、母乳育児の期間が短いことも示されています。

授乳を嫌がる赤ちゃんでも、肌と肌の接触の段階を穏やかに経験できると、赤ちゃんは自ら乳首に到達し、乳首に付着して乳を飲み始める可能性があるといいます。これは、生後数週間でも起こる可能性があります。

8 – 哺乳の段階(図1H)

赤ちゃんはこの段階で乳首をくわえ、母乳育児に成功します。赤ちゃんが自分からお母さんにくっつくとき、大きく開いた口を乳輪と乳首の上に適切に配置し、乳首の痛みを防ぎます。授乳が始まると、これまで忙しくしていた手が動かなくなることがよくあります。乳房、母親、部屋を見ていた目が、乳首を加えた後に、焦点が合うようになることがよくあります。

生後最初の 1 時間以内に自分で乳首をしっかりくわえられる赤ちゃんは、哺乳、吸い込み、母乳の飲み込みにほとんど問題がありません。最初の 1 時間の肌と肌の触れ合いは、母乳が足りているかどうかの不安を軽減するなど、お母さんの自信も強めます。赤ちゃんがお母さんの肌と接触すると、血糖値はより最適になります。肌と肌の触れ合いと授乳の両方が血糖値の安定に影響します。

9. – 睡眠の段階(図1I)

誕生後約 1 時間半、哺乳の終わりに近づくと、赤ちゃんは眠くなり、眠りに落ちます 。授乳によってお母さんと赤ちゃんの両方で放出されるオキシトシンは、コレシストキニン (CCK) やガストリンなどの胃腸 (GI) ホルモンの放出を引き起こします。両者の CCK レベルが高いと、リラックスした満足のいく食後の睡眠が引き起こされます。胃腸活動は、母親と乳児の栄養吸収も改善します。この利点と心地よい効果は、授乳のたびに持続します。

もし、お母さんと赤ちゃんが最初の数時間を一緒に経験できなかった場合、または新生児が眠りにつく前に自分からくっつかなかった場合には、可能な限り肌と肌を合わせ続ける機会を与えるべきです。スタッフは、新生児の気道を注意深く観察するなど、安全な接触ができるようにサポートが必要です。

肌と肌の接触による長期的な利点の可能性


肌と肌の即時接触により、赤ちゃんのマイクロバイオーム(ヒトの皮膚や口腔内,腸管内などには常在菌からなる細菌叢)が最初に定着し、お母さんの皮膚細菌が群れを成します。赤ちゃんの微生物の定着は出生前に始まり、産道を通じて継続します。これが、この時期に新生児を洗ってはいけない理由の1つです。帝王切開手術後の定着は膣内定着と一致しないので、肌と肌の接触が特に重要になる可能性があります。初乳は赤ちゃんの発達中の腸内細菌叢に重要な栄養を提供します1。エピジェネティクスとマイクロバイオームに関する研究の進展により、母乳育児によって強化される最適なマイクロバイオームの重要性がわかってきています。これは肥満や代謝性疾患の減少などの長期的な健康に関与するとされています。

縦断的研究では、お母さんと赤ちゃんが肌と肌を接触させているとお母さんの胸の温度が上昇し、その結果赤ちゃんの足の温度も上昇することが判明しました。足が温かくなるということは、肌と肌の触れ合いに伴う「出産時のストレス」による悪影響が減少していることを示しています。出産後、肌と肌を合わせて赤ちゃんを抱く母親は、生後 4 日目の授乳中に赤ちゃんを抱きしめたり刺激したりする際に「穏やか」と評価されました。肌と肌の触れ合いは、1 年後のお母さんと赤ちゃんの相互関係の改善にも関連していました。出生後の肌と肌の触れ合いは、1 歳の子の自己調整(self-regulation)にもプラスの影響を与えました。自己調整は、自制心(self-control)の一部と考えられます。

1,000 人の子供からなるコホート調査において、4歳の時点で自制心(self-control)が優れていれば、自制心が低い子どもに比べて、教育や収入の増加、30歳時点での薬物中毒や犯罪行為の減少という点で、大人になってからも影響があることをMoffittたち研究者らは示しました。 したがって、出生後の肌と肌の接触は、長期的に良い影響を与える可能性があります。

人間には回復力があり、出産直後の経験が最適とは言えない場合でも、絆を深め、授乳する機会があります。たとえば、生後数日、数か月経っても、乳児はこれと同じ本能的な授乳行動を示し、初期の母乳育児の問題を克服できる可能性があります。これらの自然な行動は自然の愛着の基礎を形成し、赤ちゃんの生まれながらにもつ能力をお母さんが信じられるように、これらの自然な行動を妨げないことが重要です。これは、幼少期を通しての親の赤ちゃんへの理解に重大な影響を及ぼし、親の乱暴さから子どもを守り、子どもの自己調整と自制心の基礎を築く可能性があります。

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